『HEART OF STONE』
(B29D-14102)
 
『GO BACK TO De BASIC THING』(BVCR-12)
 
『Unchained Rhythm』
(BVCR-2306)
注3
村上“ポンタ”秀一
:ドラマー。72年「赤い鳥」に参加。坂本龍一、吉田拓郎、山下達郎、松任谷由実、矢沢永吉、桑田佳祐、DREAM COMES TRUEなど数多くのアーティストのサポート。
注4
青木智仁:ベーシスト。角松敏生、杏里、B'Z、NOBU-CAINE、渡辺貞夫、DIMENSIONなどのアーティストをサポート。
注5
山岸潤史:ギタリスト。ウエスト・ロード・ブルーズ・バンド、ソー・バッド・レビューを経て、現在、ニューオリンズでネイティヴ・インディアンのバンド、ワイルド・マグノリアスとして活動している。
――ライヴ・レコーディングした1stアルバム『HEART OF STONE』(90年1月26日)が出て、一方でちびまる子ちゃんのエンディング・テーマ「おどるポンポコリン」(90年4月4日)をB.Bクイーンズで発表。一般的なイメージとしては「おどるポンポコリン」があると思うんですが
FUSA:ええ、一応あれが代表作ですから(笑)。
――本来の房之助さんの音楽と全然違うじゃないですか。正直、何でやったのかなと思うんですけど……。
FUSA:いまだに自分のやりたいことを超えてるわけじゃなくて、そうなっていくことを望むけども、ナレーションとか“カップスター”の声をやったり、なんとなく食いつないでいるんだよ。でも、自分が本当にやりたいこと(ブルーズ)はちゃんと残しているから。
――そもそもB.Bクイーンズの発想はどこから来たんですか?
FUSA:あれは同じレーベルの連中が集まって、“みんなのうた”のようなことをやってみないかっていうことで始まったんだ。でも、(「おどるポンポコリン」の)大ヒットで様子が変わっちゃったんだよね。で、コンビニ入ったら「タッタタラリラって、どっかで聞いたことある」とか思っちゃってさ(笑)。でも当時俺はテレビ持ってなかったから全然知らなくてね。「なんだなんだ、どうなってんだ」ってさ(笑)。で、テレビに出なくちゃいけないっていうんで……。
――すごい格好してましたよね(笑)
FUSA:そうそう。 「変装しようよ」って言ってね。恥ずかしいんだよね(笑)。あの時は、おっさんのくせに、10代のアイドル並みに忙しかった。くたびれました、もう。
――大ヒットして感じた、売れるという感覚はどういったものだったんですか?
FUSA:名刺が増えたね(笑)。あとは、歩いてて気づかれるね。でも、なんだか悲しかったなぁ、グリーン車に乗らなきゃいけないって。一度、普通の車両に乗ったんだけれど女子高生に囲まれてさぁ(苦笑)。恥ずかしかったなぁ。
――B.B.クイーンズの活動と並行して、2ndソロ・アルバム『GO BACK TO De BASIC THING』(90年7月21日発売)を発表しました。
FUSA:うん。意地でもやりたいことやっていこうと思ったね。それで、時間かけられないんで、ライヴ盤という形で出したんだよね。
――バックのメンバーも変わりつつ?
FUSA:うん。最初はスタジオの人たち使って、それでJIGOT'Sってバンドやりはじめたんだけど、その母体が、3枚目『Unchained Rhythm』かな。これでやってこうかなって思ってさ、ツアーもしたんだよね。あとはポンタたちとやったり、“肝臓破りバンド”とかいってさ。LIVER BREAKなんてね。面白かったなぁ、ドンチャン騒ぎでいつも(笑)。
――それは村上“ポンタ”秀一(注3)さんと?
FUSA:そう、ポンタと青木智仁(注4)と山岸潤史(注5)。
――そう考えると、ソロ・デビューから現在まで、青木智仁さんはすごく長いですね。
FUSA:そうだよー。青木みたいなあんなうまい奴いないからね。日本一だと思ってるからさ、あいつのこと。いまだにやってもらえるし。