CACOPHONY
『SPEED METAL SYPHONY』

 

――当時はアメリカではどんな音楽が流行っていました?
MARTY:80年代の前半だったからティアーズ・フォー・フィアーズとかデュラン・デュランとかのニュー・ウェーブが流行ってた。今は懐かしい感じがして好きだけど、当時は大、大、大、大、大嫌いだった(笑)。ちょっとオカマっぽい音楽だったから、あのギターの音は我慢できなかった。全然カッコよくなかったし、そのころはKISSとかハード・ロックぽいバンドは人気が落ちていて、ロックン・ロールもちょっとトレンディーじゃなかった。81年とかはヘヴィ・メタは生まれたばっかりで、有名じゃなかったね。
――でも、そのころってヴァン・ヘイレンとか、イギリスだとアイアン・メイデンがいましたよね?
MARTY:アイアン・メイデンはハードだったけど、一般的に知られてなかった。イギリスのヘヴィ・メタル・バンドは人気がなかったよね。アメリカでヴァン・ヘイレンはやっぱり有名だったかな。だけどそんなにハードじゃなかった。
――マーティーにとってはハードじゃないってこと?
MARTY:そうそう。甘口だったの(笑)。
――なるほど(笑)。で、ハワイというバンドを組んで、ヘヴィな音楽をやりながら演歌に出会うんだよね。
MARTY:そうですね。ハワイにはけっこう日本人がいるじゃない。僕はギターを教えていたんだけど、生徒さんは日系人の2世、3世だった。そこで彼らが日本の音楽を紹介してくれて、興味を持ち始めたときに、たまたまラジオから演歌が流れたのを聴いたんです。そのコブシには信じられないくらい感動しちゃった。だからいろいろ調べてその声のヴィブラートをギターでコピーしました。
――声をコピーするというのは珍しいですよね?
MARTY:普通、ギタリストは他のギタリストのヴィブラートを真似してたけど、僕はその演歌のコブシをすごくギターみたいだと思ったんだよね。ヴィブラートってギターのコブシと同じじゃないですか。ギタリストとして、とても面白い影響だと思いましたよ。
――生徒は他の日本の音楽を教えてくれました?
MARTY:演歌じゃなくて、日本のポップスとかロックとか。そのときにバウワウを紹介してくれたんです。ほかにもあるギタリストを教えてもらって、名前は知らないけどすごくうまい人だと思ってた。スタジオ・ミュージシャンだったかもしれない。あとは、あのダサイ、ポップスも気になった(笑)。歌はうまくないけど、色気がある歌詞がおもしろかったんだよね。生徒が歌詞を訳してくれたり、写真を見せてくれたんです。だから日本の音楽はすごいフレッシュだと思った。けっこう日本の音楽シーンについて勉強しましたね。
――たくさんいる演歌歌手で特に好きだったのは誰ですか?
MARTY:美空ひばりさん。ひばりさんの子供のころの音楽は特に好きだった。超・哀しいじゃない。聴いてもまったく意味が分からないのに、絶対哀しい曲なんだと思ってたし、どうやって音楽をあれほど哀しく作るのかって考えてました。で、もちろん有名な演歌歌手のいろいろなテープをもらったし、買って集めてよく調べた。小林幸子とか八代亜紀とか都はるみも聴いたけど、みんなうまいから誰でもOKという感じで。だって下手だったら歌手にならないでしょ? 
――なるほど。そういうのも聴きながらヘヴィなバンドもやってた。
MARTY:とても対照的だった。いつもね、リハーサルが終わったら日本のラジオ番組を聴きながら帰ったんだけど、『3分クッキング』みたいなくだらない番組だったけど(笑)、日本の女性の声が流れてきた。ラジオだと普通の会話より1オクターブ高いじゃないですか。それが妙にリラックスしたんですよ。聴きやすいその声が大好きでしたね。ガンガンガンの音楽の練習をした後で、耳に音が残ってるのに、帰りにその「料理作るためには」なんて聴くとリラックスしちゃう(笑)。
――そうなんだ(笑)。で、ハワイに何年間いたの?
MARTY:3、4年。その後はサンフランシスコに行って、カコフォニーというバンドを組みました。でもハワイにいた3、4年はかなりギターの勉強をしました。海なんか3、4回くらいしか行ったことなくてバカみたいけど(笑)、ずっとずっとギターの練習ばかり。
――そのころは、どういった練習してました?
MARTY:難しい音楽に挑戦したり、テクニックも。僕はあまり技術にこだわってないけど、その時期だけはすごくこだわってた。なぜかというと、僕はうまいのギタリストの部類にいたかったから、ある程度の技術を持たなければならないと気付いたんです。だから、そのときにホントに真剣に腕を磨きました。でも、あるレベルの技術があったから、そのあと楽にいろいろなものが弾けるようになっちゃった。
――その難しい練習は速弾き?
MARTY:速弾きもあったけど、僕にとって一番大切なのはノート・チョイス。日本語で何て言うかわからないんだけど、ソロではどうやってノートを選ぶかっていう。それは一番大切だから今でも考えていますよ。それはジャズの考え方なんだけど、ロックでもノート(音)をホントに大事にしなきゃいけないと思います。例えば、ブライアン・メイが選ぶノートはすごく良いじゃないですか。どうやって、その良いノート見つけているのか不思議に思ってた。技術と同時におもしろいノートを選ぶために、よく頑張っていましたね。
――カコフォニーを結成したいきさつは?
MARTY:実は、ソロ・アルバムを作ろうと思ってたところへ、マイク・ヴァーニーがジェイソン・ベッカーのテープを送ってくれたんです。それがけっこううまかったと思うけど、最初は別に興味なかった(笑)。でも17歳でそんなにうまんだったら、ちょっと一緒にジャムしようかと思って。そうしたらすごくいいヤツで、すごく頭もいい人。例えば、僕のギタープレイは難しいというよりも、ちょっと変わったプレイなんですよ。なのに僕が何か弾いたら、ジェイソンはすぐ同じものが弾けるんです。それは不思議。だから、バンドを組んでアルバムを作りました。
――どうして最初はソロ・アルバムを作ろうと思ったの?
MARTY:ほかのメンバーが見つからなくて大変だったから。
――「バンドをやりたい」ってとこからスタートしたのに?
MARTY:はい、いつもバンドはやりたかった。今はソロ・アルバムも5枚目になるけど、やっぱりバンドは一番楽しいじゃないですか。僕はソロ・ギタリストというイメージは、あまりほしくない。ソロ・アルバムを作るのは好きだけど、でもソロ活動で歴史に残りたくない。バンドは一番大切だと思うからね。
――じゃ、やっぱりバンドとソロは全然違うものなんだ。
MARTY:バンドはちょっと友達同志のクラブとか家族みたい。ソロだったら、1人で働くだけ。
――そう? 働くだけ?
MARTY:僕は完璧主義者なので、ソロ活動はホントに僕だけという感じです。妥協できない完璧主義者だから、大変だよ。バンド内でメンバーから「マーティーさん、それは良いですよ」って言われればいいんだけど、ほかの人からOKが出なければいつまでも。いつ終わりか分からない。きりがない。
――なるほど。で、カコフォニーを結成して、アルバム『SPEED METAL SYPHONY』を87年に出した。コンセプトはありました?
MARTY:お互いのギターの才能を認めて、信じられないくらいに誰も弾けないようなものを作ろうと思っていました。あのねぇ、センスがあるかどうか分からないけど(笑)、お互いに挑戦しながら成長していきました。「これできるか?」「できるよ、じゃあ、これやってみて」っていう、ちょっとだけ優しい喧嘩しながら(笑)。競争というシビアなものじゃなくて、お互いを励ますような競争だったから、二人とも成長しました。最終的には、信じられないくらいに、必要以上に難しいパートがけっこうある。今聴くと、何を考えてたんだろう?って(笑)。でも経験としてはすごい楽しかった。
――そのときジェイソンは17歳?
MARTY:17。
――マーティーも若かったでしょ? そんな大変なアルバム作っちゃって(笑)。
MARTY:速弾きってそれほど問題ないんだよ。おもしろいギター・パートを作るの方が大変。速弾きは技術だけだから、メトロノームがあれば誰でも速弾きできる。でも面白いギター・パート作るのは、もっと勉強しなかればならない。
――そのころから、通常のハーモニーとまたちょっと違う独特のハーモニーをつくってますよね。
MARTY:僕らはハーモニーについて、色々、試してみました。もちろん、3度と5度とオクターブとか4度とか普通もいいけど、僕らにはおもしろいハーモニーの作り方があった。インターバル(音程)を変えていくとか。例えば、最初のノートは3度。2番目のノートは5度。3番目のノートはオクターブ。で、本当に意味のないのに、1ノートずつハーモニーは違う。点にしてみると最終的に新しいラインはすごくおもしろいものができる。で、最初のラインは捨てて、作ったばかりの変なハーモニーのラインは元々のラインに付ける。分析したら、変な新しいラインを作ればもっと面白いラインになるでしょ。
――だから音がああいう感じなんだ。
MARTY:秘訣だよ。
――なるほどね。理論を学んだ?
MARTY:ちゃんとは学ばなかったけど、けっこう、2人とも耳がいい。ジェイソンの方が僕よりセオリーの知識はあったけど、僕は耳を本当に信用してる。
――すべては耳で判断するの?
MARTY:それだけじゃなくて、僕は自分で音楽を作ると、それには何がふさわしいか耳で判断する。でも、最終的には一番シンプルなハーモニーに決まると思う。
――インドとか中国の音楽も勉強したんですよね?
MARTY:うん。ハワイに住んでいるときに、インドのシタールを勉強した。でも一番好きなのは中国の胡弓。バイオリンみたいな楽器だけど。そのすごい泣きの音を集中して真似しました。ほかの外国の楽器や琴の音階もある程度勉強したよ。ジャム・グアカンのシタールにはハマって、深く分かるようになったけど、今でもイランやイラクの楽器とか少し習ったら、ちょっと変なスープになる。いつも面白いフレーズを聴いたらすぐ勉強しようと思った。